東京高等裁判所 昭和27年(う)3664号 判決
被告人 大岩正三郎
〔抄 録〕
論旨同第一。
なる程職業安定法の目的はその第一条に定めるとおりであるから、所謂公共の職業安定機関及び公共の職業安定機関以外のものでも労働大臣が認容するものが取り扱う労働者は産業に関係のある労働者であることは所論のとおりである。
しかし本法は労働の民主化を根本精神とし労働者の基本的人権を尊重し、労働者の自由と権威とを確保することにより産業、経済の興隆を図ろうとしているものであるから同法は労働者が産業経済の興隆に寄与しない公共の福祉に反する業務に就くことを防止しようとする機能も有するものと解せられる。同法第六三条第二号の公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的の職業紹介、労働者の募集を禁止しているのはその現である。
従つて本法の対衆となる労働者は所論のように単に産業労働者に限るものではなく、広く労働力の主体である個人で対価を得て又は得ようとして雇用主との間に自己の労働力提供の関係に立つか又は立とうとする一切の者を包含するものと解すべきであつて、本件のような売淫をする婦女も亦本法にいう労働者というに何等差支のないものと認める。
ところで所論はなお本件婦女は被告人に雇われるものでない旨主張するので按ずるに、被告人と本件婦女との関係を表面上から観察すると所論のように婦女は単に被告人から売淫のための施設の提供をうけ、被告人は婦女に売淫のための施設の提供を営業とする形式をとつているのである。しかし原審が取り調べた証拠に現われた事実によれば、本件婦女は被告人から売淫を行うための部屋寝具等の施設の提供をうけ且つ被告人の使用人であるママさんと称する婦人の統制の下に被告人から定められた対価によつて売淫を行い、客から取得した売淫の対価は一旦全部被告人に提供し一定期日にその内から被告人と予め取り決めた割合による金員を差し引いた金員を被告人から交付をうけるものであり、婦女は独立の営業主体として売淫を行うものでは更になく、被告人が営業主体となつている一定屋号の店舗内においてその設けられた営業施設を使用し且つ被告人の指示する条件の下にこれに従つてのみ売淫を行うことができるのであつて、被告人はこの婦女の売淫行為によつて取得する利益を主たる所得としているものであり、婦女等は被告人を主人と呼んでいることが認められるのである。
この事実から被告人と本件婦女との関係を判断すると形式は前述の如きものであるからその実質は婦女は自己のためにのみ売淫を行うものではなく、他面被告人の為にも売淫を行うもので、被告人と婦女との間には支配従属(命令服従)関係が成立しているのであつて、本件婦女は被告人に対し売淫をするという労務を提供し(淫行という労務の提供を直接うけるものはその客であることは所論のとおりであるが)被告人はこの婦女に対し売淫行為を容易に行い収益を挙げる機会と設備を確保提供し婦女の労務に対する有形無形の対価を与えているものと解すべきものである。
所論のようにその実質的関係においても単に売淫の施設の提供者とその提供をうけて自由に売淫をする者との関係にすぎないものとは認めることはできない。
よつて原判決が本件婦女を職業安定法第六三条第二号に所謂労働者と認定しているのは正当である。
しかし原判決は本件業務をもつて職業安定法第三七条の対象となるものと解しているのであるが、公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的の労働者募集は職業安定法によつて絶対的に禁止されている行為なのであるからこれらの業務を経営するものが、この業務に就く労働者雇用の為被用者以外の者をして労働者の募集を行わせようとして労働大臣の許可を求めても労働大臣はこれを許可する筈はなく又許可すべきものでもないのである。故に公衆衞生又は公衆道徳上有害な業務を内容とする職業は少くとも同法第三七条にいう労働者を雇用しようとする者の範囲内には属しないものであつて、同法第六三条第二号をもつて処断すべき場合には最早同法第三七条は適用すべき余地のないものと解するのを相当とする。
而して被告人の業務が右第六三条第二号に該当するものであることは已に説明するとおりであるから、被告人の本件婦女の募集については職業安定法第三七条を適用すべきものではないものと認める。
よつて原判決が被告人の売淫業務に就かせる目的で自己の被用者以外の者に労働大臣の許可なく婦女の募集をさせた事実をも認めて同法第三七条第一項に違反するものとして同法第六四条をも適用したのは法令の解釈適用を誤つたものと認めるべきものである。
ところで原判決は結局重い同法第六三条第二号の罪に従い処断はしているが、犯情として同法第三七条違反の点も考慮しているものと認められるので、右誤は判決に影響を及ぼすものというべきであり、論旨はこの範囲において理由があり、原判決は破棄すべきものとする。